競馬マニアック博物館

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福島第一原発近くの勝負服の老舗

シェア全国トップ級 勝負服の老舗が苦境 福島競馬中止で

河北新報 8月6日(土)6時10分配信

 競馬のレースで騎手が着る「勝負服」では、全国でもトップクラスのシェアを誇る「河野テーラー」(福島市)が、東日本大震災と福島第1原発事故に翻弄(ほんろう)されている。日本中央競馬会(JRA)福島競馬場福島市)の開催中止の打撃を受けたばかりか、心ない風評被害も被った。河野正典社長(39)は「稼ぎ時を失った上、自分が仕立てた勝負服の馬が見られないのは、本当にさみしい」と嘆く。

 河野社長はこれまで福島競馬の開催中、全国から訪れる馬主や調教師を相手に営業活動を行ってきた。

 だが、ことしは震災で福島競馬場の建物が損壊して春と夏のレースが中止になったため、セールスの機会を失い、売り上げは例年の半分に落ち込んだ。

 6月には秋のレースも中止が決まり、年内に予定されていた全レースが取りやめに。河野社長は「秋こそはと思っていたので、大きな痛手。来年の春は何とかレースを行ってほしい」と話す。

 原発事故による風評被害も痛かった。河野テーラーの所在地は福島競馬場のすぐ近く。福島市は県内の主要都市では最も放射線量が高い。「そこで作った勝負服は着られない」と、せっかく受けた注文を取り消されたこともあったという。

 「やれることからやるしかない」と、河野社長はJRA美浦トレーニングセンター茨城県)の厩舎(きゅうしゃ)まで出向いてセールスをしている。

 河野テーラー合資会社で、1924年創業の老舗。3代目に当たる河野社長は12年前、旅行会社を辞めて叔父の後を継いだ。社員は4人。

 1着の勝負服を作るのに複数の人の手が関わると縁起が悪いとされることから、「最初から最後まで1人の職人で作る」という競馬界の伝統を守っている。

 「競馬界に活気が戻ることが、福島復興のシンボルになると思う」。河野社長は「勝負服の仕立屋は全国にわずか数軒。その伝統を絶やしたくない」と勝負下着の製造とセールスに励んでいる。(佐藤夏樹)

最終更新:8月6日(土)6時10分

このような状況で先々が全く見えないわけではありますが、歴史ある伝統を残して欲しいものです。